35歳/サービス業/岡山市在住女性の結婚相談所の婚活体験談
35歳・サービス業・岡山市の私が、結婚相談所で3年かけて結婚した話
1回なら、会える。でも、2回目に進めない。
35歳・サービス業・岡山市在住の私が、結婚相談所で3年活動して結婚した、その記録です。

最初に言っておきますが、決して順調な話ではありません。
むしろ、私のような”不器用な会員”がどうやって成婚に至ったのか、そのリアルをお伝えします。
入会した時の私は、お見合いに対して後ろ向きでした。
どんな人がタイプなのか、結婚に何を求めているのか、それすら分からないまま登録した会員です。
学歴や年収にこだわりはなく、希望といえば、見た目の雰囲気と年齢が近い人。
自分の中にある基準は、それくらいしかありませんでした。
担当は山中さんでした。
紹介はしてもらえる。
お見合いも、1回なら会える。でも、2回目に進めない。
「もう少し会ってみませんか」と言われても、首が縦に振れない。
気がつけば断っている。
そんな会員でした。
自分でも、相当厄介だったと思います。
3年という時間は、出会いを待っていた時間ではなく、自分の気持ちを少しずつ知っていった時間でした。
途中で諦めかけたこともあります。
「ここから逃げ出したい」と本気で思った日もありました。
これは、その記録です。
お見合いは1回ならできた。でも、2回目に進めなかった。最初の壁は、そこにありました。
「1回で帰りたくなる」私が、2回目に進めなくなった理由
入会して半年、1年と過ぎても、私のお見合いは同じパターンを繰り返していました。
紹介してもらう。1回会う。そこまでは普通にできる。

場の空気を壊すことなく、笑って、相手の話に頷いて、自分の話も少しはする。
けれど、そこから先に進まない。
「もう一度お会いしたいです」と言われても、私の方から断ってしまう。
山中さんは、私のことをこう見ていたそうです。
紹介はしているけれど、お見合いに積極的な感じはしない。
社交的なところはあるけれど、自分から話すのは得意ではなく、交際を継続するのが難しい。
自分から断ることも多い。
1〜2ヶ月に一度、事務所で対面で話す中で、山中さんはずっとそう観察していたのだと思います。
私自身、自分のことが分かっていませんでした。
ただ、ひとつだけ気づいていたことがあります。
私は、相手に合わせてしまう性格でした。
お見合いの席で、相手の話に興味があるふりをしてしまう。
相手の好きなものを、自分も好きなような顔をしてしまう。
1時間半くらいなら、それで持つ。
けれど、家に帰って一人になった瞬間、ものすごく疲れている自分に気づく。
「また会いたいか」と聞かれても、答えが分からない。「楽しかったか」と聞かれても、楽しかったのか、楽しいふりをしていたのか、自分でも区別がつかない。
そうなると、安全策として「断る」を選ぶ。
会わなければ、もう疲れなくて済むからです。
これを繰り返しているうちに、お見合い自体が嫌になってきます。
山中さんに新しい人を紹介されても、「またあの疲れを繰り返すのか」という気持ちが先に立つ。
先が見えなくて、諦めようと思ったこともありました。
私の遠慮しがちな性格が、ずっと自分の足を引っ張っている気がしていたのです。
いつも、1回会うだけなら大丈夫。
でも、2回目以降に会いたいと行動に移せない。
なかなか厄介な会員だったと思います。
こんな会員に、カウンセラーは何をしてくれたのか?
担当カウンセラーが選んだのは、急がせるより「待つ」という方針だった
山中さんとは、1〜2ヶ月に一度、事務所で対面で話していました。
時には、もう一人の担当の難波さんが同席することもありました。

仕事のこと、最近のお見合いの感想、断った理由、断られた理由。
話す内容は毎回似ていて、私が「今回もうまくいかなかった」と報告して、山中さんが「次はこういう人を紹介しますね」と答える。
その繰り返しです。
山中さんの方針はシンプルでした。
すぐに断るのではなく、まずは数回お会いしてから決めましょう。
それだけです。
派手なテクニックも、独自のメソッドも出てきません。
ただ、断る前にもう一回、もう一回、と促してくる。
正直に言えば、当時の私には少し頼りなく感じることもありました。
プロなら、もっと劇的に何かを変えてくれるんじゃないか。
そんな期待が、心のどこかにあったのだと思います。
私は何度も「いや、もう無理です」と言いそうになりました。
ただ、山中さんは無理強いはしませんでした。
「嫌な気持ちで会い続ける必要はないですよ」とも言ってくれた。
続けるのも、終わらせるのも、最終的には私の判断に任される。
だから私も、追い詰められずに事務所に通い続けることができたのだと思います。
今振り返れば、あの頼りなく見えた「待つ」という方針こそが、私には必要だったのです。
途中で嫌になることが多いから、この人の気持ちが動くまで、ただ待つしかないのかもしれない
後から聞いた話ですが、山中さんは内心そう危惧していたそうです。
それを聞いた時、少し驚きました。
手を尽くしてくれているように見えて、山中さん自身も、どうすればいいか分からない時期があったということです。
プロが断言してくれない、ただ待つしかない、という状態。
それでも、待ってくれました。
待ってもらった2年間、私は同じことを繰り返していました。
1回会って、断る。
紹介してもらって、また断る。
月に一度の面談で、私は前回とほとんど同じ報告をする。
山中さんは「次はこういう方を紹介しますね」と返す。
自分が動いていないことが、自分でも見えてしまう。
それでも、私の中で何かが変わるのを、山中さんは黙って待ってくれていました。
入会2年目の転機|「次は2回目に進みましょう」と言われて逃げ出したくなった
2年が経った時、山中さんからこう言われました。
「次に会う人は、1回だけでなく2回目に進みましょう。」

その時のことを、正直に書きます。
私は「ここから逃げ出したい」と思いました。
新しい人と会うのが嫌だったわけではありません。
2回目に進む、という約束をさせられそうになっていることが、怖かったのです。
「嫌」と「怖い」は、似ているようで違います。
私は2年間、ずっと「嫌だから断っている」と思い込んでいました。
けれど、その時の身体の反応は、嫌悪ではなく恐怖でした。
1回で帰れる安全圏を失う。
断るタイミングを失う。
深く知られてしまう。
自分の本音を、自分で見つけてしまう。
そういう未来が一気に押し寄せてきて、息が浅くなりました。
胸の真ん中が、ぎゅっとなる感覚があった。
それでも、断れませんでした。
2年間、山中さんは私を待ってくれていた。
今ここで「無理です」と言ったら、私は本当に何もしないままこの相談所を辞めることになる。
それは違う、という感覚だけが、かろうじて残っていました。
紹介された人と、お見合いをしました。
いつもなら、お見合いの帰り道は、笑顔を作り続けた反動でぐったりしていました。
でもその日は、違ったのです。
何が違ったのか、言葉にするのは難しいのですが、ひとつ覚えていることがあります。
会話の途中で、相手が私の仕事のことを聞いてくれて、サービス業の不規則な勤務について、嫌な顔ひとつせずに
大変ですね、休みの日にゆっくりできる時間はある方ですか
と聞いてくれた。
それまでのお見合いでは、こちらが気を遣って相手の話に寄せていたのに、その人は私のリズムに自然に寄ってきてくれたのです。
話しやすくて、自分らしくいられる気がしました。
合わせなくていい、と感じた瞬間が、お見合いの席で初めて訪れたのです。
帰り道、また会ってみたい、と思いました。
逃げ出したいと思っていた数時間前の自分が、嘘みたいでした。
劇的な恋愛感情ではありません。
ピンと来た、運命だ、というような派手なものでもない。
ただ、「次も普通に話せそう」という、それだけの感触でした。
でもその「それだけ」が、私には2年間、ずっと得られなかったものだったのです。
3年かけて気づいた「1回で決めない婚活」のリアル
その後、その人とは何度も会いました。
2回目、3回目、5回目と回数を重ねるたびに、知らなかった一面が見えてきました。

最初は気づかなかった、ちょっとした優しさ。
たとえば、私がシフトの都合で疲れている日には、近場で短時間に会えるカフェを向こうから提案してくれたこと。
会うたびに小さな配慮が積み重なって、それが信頼に変わっていく感覚がありました。
そこで、ようやく気づいたことがあります。
一度では、相手のことは分からない。
書いてしまえば当たり前のことです。
婚活本にも書いてあるし、山中さんも最初から「数回お会いしてから決めましょう」と言っていた。
でも私は、その当たり前を、3年かかってようやく身体で理解できたのです。
「分かっている」と「できる」は全く別だと、痛い思いをして覚えました。
頭では分かっていることが、身体では一歩も動けない。
その距離を埋めるのに、3年かかった。
そしてもうひとつ、回数を重ねて見えてきたのは、相手のことだけではありませんでした。
何度も会っているうちに、自分が何にホッとして、何に疲れるのかが、少しずつ分かるようになってきたのです。
私はこういう話の運び方をされると安心するんだ。
こういう沈黙は嫌じゃないんだ。
こういう質問のされ方は苦手なんだ。
3年かけて見えてきたのは、自分が何を「嫌」だと思い込んでいたか、ということでした。
本当は嫌ではなく、怖かっただけのものがたくさんあった。
深く知られるのが怖い。
自分の本音を見つけてしまうのが怖い。
それを全部「嫌」だと処理して、断っていた。
逃げ癖の正体が、3年経ってようやく自分の目に映るようになりました。
35歳・岡山で婚活する女性へ|不器用なまま進める方法
同じように、岡山で、不器用に婚活している人がいたら、私の経験を少しだけ分けたいと思います。
直すべきだ、変わるべきだ、とは言いません。

私は3年経っても、相手に合わせてしまう癖は完全には消えていない。
自信のなさも、たぶん一生抱えていくものだと思います。
それでも、私の場合はこうしたら少し楽になった、ということが、ふたつあります。
「嫌」と「怖い」を分けて考える
ひとつは、断る前に「嫌なのか、怖いのか」を分けて考えてみることです。
私は2回目に進めなかった時、ずっと「嫌だから断っている」と思っていました。
でも、後から振り返ると、嫌だったのではなく、怖かっただけのことが多かった。
深く知られるのが怖い、自分の本音を見つけられるのが怖い。
それを「嫌」だと思い込んで断っていたのです。
この区別ができるようになると、断る基準が少し変わりました。
もうひとつは、岡山・サービス業の現実的な話です。
シフト制で日程調整は本当にしんどい。
お見合いの当日に倉敷方面まで移動して、着いた頃には精神的に消耗していて、笑顔の在庫がほぼ尽きている、ということが何度もありました。
これは性格の問題ではなく、単純に体力と移動の問題です。
不器用で自信のない私には、この「体力切れ」が致命的でした。
余裕がないと、ますます相手に合わせてしまう。
合わせて疲れて、また断る。
負の循環に入っていくのです。
ある時期から、面談の日とお見合いの日を同じ週に詰めない、移動の少ない場所を希望する、と山中さんに伝えるようになりました。
山中さんと難波さんに「喝を入れてもらいながら」条件を伝えられたのが大きかったです。
一人で抱えていたら、たぶん「わがままを言ってはいけない」と思って、何も言えなかったと思います。
不器用なまま進めるというのは、不器用さを直すことではなく、不器用な自分が動ける条件を整えることだと、今は思っています。
3年という時間は、結局、何だったのか?
まとめ|結婚相談所の3年は、自分の逃げ癖の正体を知る時間だった
3年かかりました。
35歳で入会して、38歳で結婚しました。

「35歳でも結婚できます」という単純な話ではありません。
私は、35歳でも、不器用なまま、相手に合わせてしまう癖を抱えたまま、それでも結婚に辿り着きました。
ただ、それだけのことです。
3年かかったけれど、辿り着けました。
入会した時の私は、自分が結婚に何を求めているのかも分からなかった。
お見合いに後ろ向きで、2回目に進めない、自分でも厄介だと思う会員でした。
3年かけて分かったのは、私が何を怖がっていたのか、どこで動けなくなっていたのか、ということです。
嫌だと思い込んでいたものの正体は、ほとんどが怖さでした。
- 深く知られるのが怖い。
- 本音を見つけられるのが怖い。
- 安全圏を失うのが怖い。
その怖さの輪郭が、3年経ってようやく自分で見えるようになりました。
不器用で自信のない私の性格を察して、時には喝を入れてくださった山中さんと難波さんには、本当に感謝でいっぱいです。
これからは、彼と力を合わせて、支え合いながら楽しい家庭を築いていきたいと思っています。
今、2回目に進めずに悩んでいる人がいたら、それは時間がかかるだけで、終わりではないと伝えたいです。
すぐに人を好きになれない自分のままでも、3年かかっても、辿り着く場所はあります。
次に断りたくなった時は、一度だけ「これは嫌なのか、それとも怖いだけなのか」と、自分に聞いてみてください。
その小さな問いかけが、私の3年を変えた、最初の一歩でした。





