バツイチ子持ちの恋愛リアルを実体験から教えます!
DV離婚のあと、彼女は恋愛を諦めていました
岡田が話を聞いた彼女は、離婚後、本気で「もう恋愛なんて無理だ」と思っていました。
理由は、元夫からのDVです。

もちろん、世の中の男性すべてが同じだとは思っていない。
それでも一度怖い思いをすると、「次に出会う人は大丈夫」と簡単には信じられない。
子ども一人なら、自分の収入で養っていける。
だから彼女は、男性に頼ることも、誰かと付き合うことも、当時は考えていませんでした。
手を上げられた夜の音が、今でも耳に残っている。
恋愛そのものに、心が動かなかったわけではないそうです。
ただ、男の人と二人で部屋にいる場面を想像するだけで、肩のあたりが固くなる。
そういう自分を抱えたまま、新しい誰かと向き合う気力がどうしても湧いてこなかったのです。
それに、子どもがいる女性が恋愛をするのはハードルが高いということも、頭ではわかっていました。
- デートできる時間は限られる
- 夜に出歩くなんてまずできない
- 「バツイチ子持ち」と聞いた時点で距離を置く人だっている
そのため、彼女は心の中でこう思っていました。
私のことを選ぶ男性なんて、この先現れないだろう
シンママの恋愛記事を読むたびに、「どうせこの人は綺麗な過去なんだろう」と斜めに構えていた自分もいたそうです。
自分の現実とは、あまりにも遠い話に見えてしまったからです。
「私を選ぶ男性なんていない」――そう思っていた彼女に、彼が現れた
それでも、彼女の人生には、静かにそばに立ってくれる男性が現れました。
彼女はその人と、今年の夏に再婚します。

ただ、そこまでの道のりは、決して綺麗な恋愛物語ではありませんでした。
静かに励ましてくれた彼
彼とは同じ職場で働いていました。
彼女が離婚する前からの知り合いで、いわゆる劇的な出会いではありません。
離婚後に落ち込んでいた彼女を、ただ静かに励ましてくれた人。
それが彼でした。
最初は、誰かに優しくされることそのものが怖かったそうです。
優しさの裏に何かあるんじゃないか、と勘ぐる癖がついていたんです。
- 彼女の機嫌を取ろうとしない
- 強引に距離を詰めようとしない
- 無理に話を引き出そうとしない
子どものお迎えの時間が来れば、彼はこう言って手を振ってくれました。
行ってらっしゃい
「DVで離婚した」と打ち明けたとき、彼は驚きも憐れみもせず、「そうだったんだね」とだけ返しました。
同情の言葉が降ってこなかったことに、彼女はむしろほっとしたそうです。
恋愛感情を自覚したのは、ずいぶんあとになってからでした。
「私なんかを選ぶ人がいるはずない」という思い込みが、ゆっくり剥がれていく感覚。
とはいえ、独身時代のような恋愛ができたわけではありません。
むしろ、ここからが現実との折り合いの始まりでした。
シングルマザーのデートは、独身時代と同じにはできない(実際の頻度と場所)
子どもがいる以上、独身時代のような恋愛はできません。
これは綺麗事抜きの現実です。

ただし、それは努力不足ではありません。
生活の優先順位が、独身のころとはまったく違うだけです。
二人のデートは、基本的に三人でした。
近くの公園はもちろん、動物園やディズニーランドへの旅行にも一緒に行きました。
大事なのは場所の豪華さではなく、子どもも含めて無理なく過ごせる形を選んだ、ということです。これは「シンママでもこんな場所に行けますよ」という話ではありません。
二人きりの時間は、平日の昼にしか作れない
ただ、二人きりのデートが全くなかったわけでもありません。
子どもが保育園に行く平日に有休を使って仕事を休み、映画をみたりランチに行ったりしていました。
世間が働いている時間帯に、こっそり二人で映画館に座る感覚は、独身のころのデートとは別物です。
- 平日に有休を使って仕事を休む
- 世間が働いている時間帯にこっそり会う
- 夕方には保育園のお迎えという時間制限がある
二人でのデートは基本昼間なので、夜のデートをした回数は数えられるほどしかありません。
子どもがたまたま祖父母の家に泊まりに行く機会があり、そのタイミングでデートをしていましたが、年に2、3回あるかないかの回数です。
彼が「自分の時間も大切にしたい」人だったこと
正直に言うと、最初は不安だったそうです。
こんな少ない時間で、彼は満足してくれているのだろうか
月に何度も会えない、夜は会えない、二人きりは年に数回。
普通の恋愛と比べれば、物足りない関係に見えるかもしれない。
でも彼は元々「自分の時間も大切にしたい」と考える人だったため、二人きりのデートが少ないことがネックになりませんでした。
それが良い関係を築けた理由のひとつだったのだと思います。
彼は休日に一人で本を読んだりゲームをしたりする時間を大事にしていました。
彼女が「子どもの行事で会えない」と連絡しても、彼はこう返してくれました。
了解、こっちはこっちで動くね
本当に気兼ねなく返してくれるのが嬉しかったそうです。
スタンプ一つで終わることもあって、彼女が罪悪感を膨らませる隙がない。
彼の方も、空いた休日に積んでいた本を読み進めていたのだと、あとから聞いたそうです。
相手の生活リズムが、彼女の事情とたまたま噛み合った。
それだけのことかもしれません。
シンママの恋愛は、無理に合わせてくれる人ではなく、生活リズムごと自然に噛み合う相手とだから続く
という身も蓋もない現実を、彼女はこの関係で知りました。
ただし、デートの場所や頻度より、もっと大切にしていたことがあります。
娘が彼を「一緒に遊んでくれる楽しい人」と呼んだ日
彼は彼女に子どもがいることを知っていたため、当たり前のように「出かける時は子どもも一緒に」と考えてくれていました。
彼女から「娘も連れていっていい?」と頼んだことは、ほとんどありません。

彼の方からこう聞いてきてくれました。
次の日曜どこ行く? 娘ちゃん、最近何にハマってる?
もちろん、最初から何もかもが自然に進んだわけではありません。
それでも、彼が焦って父親ぶろうとせず、まず「一緒に遊んでくれる大人」として娘さんの前にいてくれたことは大きかったのだと思います。
実際に、一緒に出掛けるときは彼女よりも娘さんのほうが彼にベタベタだったそうです。
一緒に遊んでくれる楽しい人
娘さんは彼のことを、そう呼んでいました。
ある夏の動物園で、娘さんが彼の人差し指をぎゅっと握って離さなかった日のことは、今でも覚えていると話してくれました。
彼女が「お母さんと手をつなぐ?」と聞いても、首を振って彼の方を見上げている。
キリンの前で立ち止まって、彼に何度も同じ質問を繰り返している娘さんの背中を、少し離れて眺めていたそうです。
やきもちというより、安堵に近い気持ちでした。
おもちゃやお菓子の工場見学へ行ったり、娘さんが当時大好きだったアニメの映画を一緒にみたりと、楽しい時間をみんなで共有しました。
派手なイベントばかりではありません。
スーパーに三人で買い物に行って、娘さんが選んだお菓子をレジで会計してもらう、それだけの日も多かった。
娘さんがカゴに入れたグミを見て、彼が笑いながらこう言い直した夕方のことは、今でもふっと思い出すそうです。
これお父さん――じゃなくて、これおじさんも好きなやつだ
こういう小さな言い直しにも、彼なりの距離感が出ていたのだと思います。
彼が一緒に子どもを楽しませることを優先してくれたおかげもあります。
彼と二人で子どもが楽しめることを第一優先に考えることで、子どもが彼にやきもちを妬くことは少なかったのだと思います。
「子どもがいるから恋愛が難しい」じゃなくて、子どもがいるからこそ三人で行ける場所がある。子どもを我慢させるのではなく、子どもを真ん中に置く。
そう発想を切り替えたとき、デートが「彼との時間を子どもに邪魔される」ものから、「三人で過ごす時間」に変わったのだと思います。
でも、母親としてだけじゃなく、一人の女性としての自分も、置き去りにしたくはなかった。
母親なのに、彼女でいたい――卵焼きに引いた一本の線
母親であることと、彼女でいたい気持ちは、本来どちらか一つに絞るものではありません。
それでも、子どもがいることで、彼に遠慮してしまう場面は彼女にもありました。

どうしても普通のお付き合いができるわけではないので、申し訳なく思ってしまう女性も多いようです。
手放したくなかった「彼女」である自分
子どもと一緒にデートをすると、どうしてもお母さん感全開になってしまいます。
- 娘さんの口元をウェットティッシュで拭く
- ほどけた靴ひもを結び直す
- トイレに連れて行って戻ってくる
そのときには髪はぐしゃぐしゃ、手にはくしゃくしゃのティッシュ。
隣に立つ彼の前で、彼女は「彼女」じゃなく完全に「母親」でした。
トイレの鏡で前髪を直しながら、情けなくなる夜もあったそうです。
それでも、お弁当の卵焼きを少し甘めに巻きながら、
「これは私が母親だからじゃなく、彼の好みだから」と心の中で線を引いていました。
彼が好きなおかずを詰める。
好きな缶コーヒーを前の晩から冷やしておく。
誕生日やバレンタイン、クリスマスのプレゼントには、手書きのメッセージカードを一枚添える。
何を書くかで三十分悩んだ夜もあったし、書き損じた便箋が机の上に三枚転がっていたこともあったそうです。
派手な美容や服装の工夫ができたわけではありません。
ただ、母親という役割の隙間に、ささやかに「あなたを想っています」という合図を差し込む。卵焼きの甘さも、カードの一行も、彼女が「彼女である自分」を手放さないための小さな印でした。
ただ、彼に尽くすことと、彼を父親役に押し込むことはまったく違います。
次に彼女が大切にしたのは、その線引きでした。
元夫の悪口は言わない。彼を「新しい父親」とも呼ばない
「元夫からのDVで、こんなトラウマがある」ということは彼に話していました。
ただし、元夫の行為を正当化するわけではありません。

そのうえで彼女は、彼に話すとき、感情的な悪口ではなく事実を伝えるようにしていたそうです。
これは、元夫をかばうという意味ではありません。
元夫を一方的に悪役にして話せば、聞いている彼の中でこう思われてしまうことがあるからです。
この人、別れた相手のことを延々と悪く言うタイプなのか
次に何かあれば、自分も同じように悪く言われるんじゃないかと身構えさせてしまうかもしれない。
彼女自身を守るためにも、元夫の話は淡々と事実だけを伝えるようにしていました。
具体的には、「あの人は最低だった」とは言いません。
代わりに「お酒が入ると人が変わる時期があった」「夜中に物が飛んでくる音で目が覚める日があった」と、起きていたことだけを短く話します。
- 形容詞を足さない
- 声を荒げない
- 話し終わったら話題を切り替える
それだけでも、聞き手に残る印象はずいぶん違います。
そして、子どもにとって元夫は血のつながった父親ですから、元夫と彼を比較するような話は絶対にしません。
お父さんはこうだったけど、◯◯さんは違うね
という言い方は、娘さんの中の父親像を母親の都合で書き換えることになるからです。
彼に子どものしつけをお願いすることもありませんでしたし、理想の父親像を彼に押し付けたこともありません。
叱る役、教える役、休日にキャッチボールをする役――そういう「父親の仕事」を、彼に振り分けようとしなかった。
最初から父親の役割を背負わせるのではなく、まずは娘さんにとって安心できる大人でいてもらうことを大切にしたのです。
子どもにも、彼のことを「一緒にいて楽しい人・ママの大切な人」と感じるくらいの距離感を大切にし、決して「新しい父親になる予定の人」とは思わせないようにしていました。
「ママの大切な人」という言葉は、彼を娘の人生に強引に組み込まない、彼女なりの距離の取り方でした。
ここまで気をつけていても、関係は二人と子どもだけで完結するわけではありません。
外から見られることで、思わぬ形に変わってしまうこともあります。
夜デートの写真をSNSに上げて、噂が回った話
彼女は同じ職場の男性と恋愛をしていました。
職場内での恋愛は自由なため、特にお付き合いをしていることを隠してはいませんでした。

しかし、バツイチシングルマザーが恋愛をしているということで、偏見の眼差しを向けられることもあったそうです。
廊下ですれ違うときの一瞬の視線、給湯室での会話がふと止まる気配。
最初は気のせいだと思っていました。
彼女なりに子どものことも考えて恋愛をしていたのですが、周りからは現実とは違う噂を流されたこともあります。
- 「子どもをほったらかして男にかまけている」
- 「子どもよりも恋愛を優先している」
- 「恋愛優先の人なんだ」
噂を流されたきっかけは、年に数回あるかないかの夜のデートの写真をSNSにアップしたことでした。
浮かれてしまった一枚の写真
子どもを祖父母に預けた、年に一度あるかないかの夜。
久しぶりに化粧をして、ヒールを履いて、彼と居酒屋に行った写真を、彼女はそのままSNSに上げました。
「楽しかった」というキャプションを添えて。
正直に書きます。
あの夜、彼女は少し浮かれていました。
半年ぶりに口紅を引いた自分が、鏡の中でちょっとだけ「女の人」に見えた。
その嬉しさを誰かに見せたい気持ちが、子どもへの配慮よりも先に出てしまったんです。
投稿ボタンを押した指は、確かに彼女自身の指でした。
もちろん、浮かれてしまう気持ち自体が悪いわけではありません。
誰かを好きになって、久しぶりに自分を女性として感じられた夜を、少しくらい誰かに見せたくなる。その気持ちは、とても自然なものです。ただ、SNSは背景まで説明してくれません。
彼女のSNSを見ているのは、彼女の事情を知らない人が大半です。
年に数回の夜だなんて、写真からはわからない。
夜に出歩いている=毎晩出歩いている
そう受け取られても、写真は反論してくれません。
少し浮かれて投稿してしまったことには、彼女自身も反省がありました。
平日の昼に有休を使ってデートしていたこと、夜デートは年数回しかないこと、その日のために何ヶ月前から祖父母にお願いしていたこと――そういう積み重ねは、外からは何も見えない。
見えない積み重ねを背負ったまま、見える一枚だけを差し出してしまったのは、ほかでもない彼女自身です。
それ以来、二人で写った写真をSNSに上げるのはやめました。
それでも、彼女は「もう一度誰かを好きになる自分」まで否定したくはありませんでした。
DVから逃げた彼女が、今夏に再婚する――それが一つの答えです
彼女の話は、特別に恵まれた人だけの話ではありません。
シングルマザーが恋愛をすることに、今も厳しい目が向けられる場面はあります。

しかし、だからと言って一人で生きると決め、恋愛をしないのももったいないと思うんです。
もちろん、子どもを育てることが一番大切なのもわかります。
でも、一度しかない人生ですから、後悔しない道を選びたいですよね。
独身時代と同じ恋愛はできなくても、彼女が実際に再婚までたどり着いたように、子どもへの配慮、相手との距離感、そして無理をしない関係づくりがあれば、シンママだって恋はできます。
DVから逃げ出して「もう恋愛なんて無理」と思っていた彼女が、今年の夏、娘さんを連れて再婚する。
それが彼女の答えであり、岡田がこの話から伝えたい現実です。
男の人と二人でいることが怖くて、自分を選ぶ人なんていないと思っていた女性でも、ここまで来られました。焦って父親を探すのではなく、まずは自分と子どもが安心できる相手かどうかを見てください。誰かと、もう一度暮らしていくことはできます。






