バツイチ・離婚歴に罪悪感があるあなたへ。実は意外なメリットも…!

バツイチ・離婚歴に罪悪感があるあなたへ。実は意外なメリットも…!

「バツイチなんです」と言ったとき、相手の目が泳いだ夜のこと

「バツイチなんです」

相談の現場で、この一言を口にする前に、息が少し止まる人を私は何度も見てきた。

そう口にした瞬間の相手の顔を、忘れられない人も多い。

目が、ほんの一瞬だけ、自分の目から逸れる。

視線が肩のあたりをさまよって、それからまた戻ってくる。

あ、あぁ……そうなんだ

その声のトーンが、半音だけ落ちる。

半音。たった半音。

でも本人には、それが地響きのように聞こえる。

喉の奥が乾いて、自分の心臓が耳の後ろで鳴っているのがわかる。

「なんでもない顔をしなきゃ」と思いながら、お冷のグラスを意味もなく持ち上げて、結局飲まずに置く。

グラスの底が、テーブルのコースターを少しだけずらす。

その音まで覚えているそうだ。

その怖さは、私にもよくわかります。

一度結婚に失敗しているということ。

そして、もう初婚ではないということ。

できれば隠したい過去だなって……。

それでも離婚歴があると、「あ、あぁそうなんだ」と反応されそうで怖いですよね。

数字の上では、離婚はもう珍しくない。それは知っている。

でも、本人の中では、一回の離婚が人生を揺らすほど重い。

統計の話と、あの夜の半音は、別の場所にある。

ただ、最近、相談者の方たちを見ていて、私は少しだけ考え方が変わってきた。

離婚歴を「隠したい過去」のままにしておくのは、もしかしたら、もったいないのかもしれない、と。

靴下、洗濯物、ピンクカビ ── あなたの中にある、いちばん地味で強い武器

ここから書くのは、バツイチのメリットの話だ。

ただ、よく言われる「経験があるから余裕がある」みたいな話を、私はあまり信じていない。

「余裕」という言葉が便利すぎて、何も指していないからだ。

武勇伝みたいに響いてしまうのも嫌だ。

相談の現場では、リビングのソファの肘掛けに引っかかったままの靴下を見て、何も言わずに洗濯カゴへ運びながら、「ああ、これが結婚なのか」と妙に冷静に悟った、という話を聞くことがある。

あの冷え方を、私は「余裕」とは呼びたくない。

靴下に、人生の何ヶ月かを奪われた話

ひとつだけ、ちゃんと書いておきたい。

人は、靴下一足に、人生の何ヶ月分もの感情を奪われることがある。

そこらへんに靴下を脱ぎ散らかしていた元夫や元妻、あるいは以前のパートナーの生活態度に幻滅し、イライラしていた人も、次に同じようなことが起きたら「ああ、人は生活の細部で、こんなにもズレるものなのかもしれない」と、どこかでわかるようになります。

仕事が遅くなって夕飯をドタキャンされるとか、子供を見ずにスマホゲームに夢中になるとか、うっすらピンクカビが発生しているお風呂とか。

ここで一つだけ、ちゃんと描かせてほしい場面がある。

夜の十一時過ぎ、リビングの電気を半分だけ落とした部屋で、ソファの足元に転がっている靴下を見る。

表になっているほうが片方、裏返しのほうが片方。

組ですらない。

だらしないというより、自分という人間が、この部屋の中で、ちゃんと「気にされていない」気がするという。

靴下のせいじゃない。

靴下は、ただの靴下だ。

でも、その靴下を見ながら、「ああ今日もソファの上に洗濯物が山積みだよ。最低だな」と思っていた、あの時の悲痛な声を思い出す。

最低だな、と心の中で呟くたびに、自分のほうがだんだん最低になっていく感じがあったそうだ。

指摘すれば、空気が悪くなる。我慢すれば、自分が腐る。

どっちを選んでも、夜は長かったという。

「今言ったら壊れる」と知っている、それだけのこと

だから、もしあのときに戻れるなら ── そして、今、新しい誰かと暮らすことがあるとしたら ── たぶん、もう靴下だけでは戦わない。

1度目の結婚では「ああ今日もソファの上に洗濯物が山積みだよ。最低だな」と思っていた人も、2度目はそれを今すぐ指摘するより、自分でやってしまった方が早い場面があるとわかっている。

だから、率先して片付けられることもあるでしょう。

「お風呂上がりのタオルくらいカゴに入れてよね」とイラっとしていた女性も、それで喧嘩をするより、自分がカゴに入れた方が早いことを知っています。

もちろん、何でも我慢しろという話ではありません。

毎回黙って片付けるのが正解だ、と言いたいわけでもない。

これを単純に「自己犠牲」とか「包容力」と呼ばないでほしい。

私が言いたいのは、もっと地味で、もっと実務的な話だ。

  • 「今これを言ったら、たぶん明日まで響く」
  • 「今日は飲み込んだ方がいい」
  • 「でも飲み込み続けたら、いつか自分が壊れる」

この三つの目盛りを、頭ではなく身体で持っているということ。

靴下を拾いながら一秒で判断できる、ということだ。

靴下一足で爆発しない目盛りこそが、二度目の結婚で一番効く武器です。

本当は、お互いの生活態度や家事分担は、きちんとすり合わせる必要があります。

黙って飲み込むことが正解ではない。

ただ、ちょっとした「心遣い」1つで結婚生活はびっくりするほどうまくいく。

「びっくりするほど」というのは、たぶん、本当だ。

ただし、それは、靴下と、タオルと、うっすら桃色になりかけた風呂場の隅で、少しずつ身体に入っていったものだ。

本に書いてあっても、身につかない種類の能力だ。

婚活の場で「バツイチが安心材料になる」ことがある、その地味な理由

結婚相談所の現場では、バツイチであることが”安心材料”として受け取られる場面もあります。

もちろん、誰にでも歓迎されるわけではない。

「初婚同士で」と最初から決めている人もいるし、離婚歴という単語だけで距離を置く人もいる。

それは現場の事実として、ちゃんと書いておきたい。

そのうえで、こうは言える。

── 相手によっては、場面によっては、「結婚生活の現実を知っている人」を安心材料として見る人がいる、ということ。

なぜか?

人は、絶好調のときに離婚しない

離婚は、どちらかが精神的・肉体的に困難な状況にあるにもかかわらず、もう一方が寄り添えなかったことから起きる場合があります。

仕事のストレスで落ち込んでいたり、病気で入院したり。

多くの場合、人は、絶好調のときに離婚しない。

たいてい、どちらかが弱った時に、ほどけていく。

仕事で削られた夜とか、検査結果を待つ朝とか、親の介護でぐったりした帰り道とか。

そういう瞬間に、隣にいる人間がどう振る舞うかで、その先の十年が決まってしまうことがある。

「寄り添える人」というのは、抽象的な性格の話じゃない。

具体的に言うとこういうことだ。

  • 弱った相手の前で、声のトーンが半段だけ低くなる人
  • 「大丈夫?」を連打しないで、何も言わずに白湯をテーブルの端に置いていける人
  • LINEで「うん」とだけ返ってきたときに、追い打ちで「どうした?」を送らない人
  • 布団に潜ったまま返事をしない夜に、リビングの電気を消しておいてくれる人

これは、生まれつきの優しさだけではない。

少なくとも、一度、自分が寄り添えなかった夜を覚えている人間や、寄り添ってもらえずに泣いた朝を覚えている人間ほど、この距離感を身体で覚えている。

「一度離婚を経験しており、その後立ち直り、すでに新しい出会いに向かっている」これだけで十分に人として、経験値を得ています。

立ち直って、もう一度誰かに会おうとしている。

それは、思っているより重い実績だ。

少なくとも、相手の調子が落ちた日に、関係から目を背け続ける人には難しいことです。

「自分は不利だ」と思い込んできた経験は、見方を変えれば、誰かにとって「この人なら」と感じられる種類の経験でもある。

それを「武器」と呼びたい人は呼べばいい。

私は、もう少し控えめに、「持ち物」と呼んでおきたい。

子連れバツイチだから見える、「抱っこして攻撃」の前のあの顔

ここからは、子連れの方に向けて少しだけ書く。

子供がいない方にも、人を見る視点として読める話だと思う。

子連れでの再婚を考えると、ほぼ必ず最初に出てくるのが「子供がハードル」という話だ。

これは、嘘じゃない。本当にハードルだ。

ただ、こうも言える ── 子供がいると、相手の余裕や人への向き合い方が、思ったより早く、はっきり出る。

「抱っこして攻撃」の前で、その人がどんな顔をするか

子供の理不尽なわがままや、抱っこして攻撃に直面した時のパートナーの表情を、冷静に観察できるはずです。

抱っこして攻撃。

── この言葉の意味が瞬時にわかる人間は、それだけでもう、かなりの場数を踏んでいる。

スーパーの床に大の字で泣き出す子供。

三十分前に「いらない」と言ったお菓子を、今になって叫び続ける子供。

靴を片方だけ履きたがる子供。

そういう「人間として完全に理屈が通っていない場面」に、隣に立った大人が、どんな顔をするか。

  • イライラを隠そうとして失敗する人
  • スマホに視線を落として「いない」ことにする人
  • 慌てて子供に媚びる人
  • 一拍置いて、子供と同じ目線にしゃがめる人

しゃがめるかどうかは、言葉だけでは誤魔化せない。

もちろん、子供に慣れていないだけの場合もある。

それでも、あの一拍には、その人の余裕が出る。

どれだけ言葉が優しくても、その場面で体がどう動くかは、かなり正直だ。

子供が割り込んできた瞬間に、その人の優しさが演技かどうか、わかってしまうことがある。

これは初婚の人にはなかなか手に入らない情報だ。

初婚同士の場合、多くは関係が進んだあとで、ようやく「この人と子供のあいだの相性」を知ることになる。

私たちは、そこの順序が逆になっただけだ。

子供は、ハードルだ。それは間違いない。

でも、そのハードルの前で、相手の中の、まだ言葉になっていない部分が、勝手に出てきてくれる。

それは、不利の真ん中に埋まっている、地味な利得だと思う。

それでも、雑に再婚しないために ── 自分にも向けている、三つの問い

ここまで読んで、少し前のめりになっている人がいたら、ここで一度だけ、再婚を急ぎすぎないための確認を入れたい。

私自身、これを書きながら、自分に言い聞かせている。

むしろ、まだ離婚が怖いのであれば、それは新たなる出会いを求める時期じゃないのかもしれません。

これは、上から言いたい言葉ではない。

私は男性カウンセラーとして、そして結婚相談所の現場を見てきた立場として、「立ち直ったふり」をして婚活に戻ろうとする人を何度も見てきた。

「早く誰かと並びたい」という焦りを、強さと勘違いしかけることがある。

あれは、強さじゃない。

孤独の別名だ。

実際に婚活してみると、バツイチの方は最初の感触がとても良いことが多い。

だからこそ、再婚後に気をつける必要があるのです。

最初の感触の良さ、というのは、わりと罠になる。

一度目の自分なら舞い上がっていたであろう距離感の近さに、二度目の自分も意外と簡単に持っていかれる。

「経験者だから大丈夫」は、ときに危ない呪文になる。

誰かを責めるためではなく、自分を置き去りにしないための問い

これから書く三つの問いは、誰かを試すための質問じゃない。

私自身が、これを書きながら、自分にも向けている問いだ。

  1. 前の結婚が壊れた理由を、相手のせいだけにせず、自分の言葉で半分くらいは語れるか。 ── 全部は無理でいい。半分でいい。
  2. 今の自分は、誰かと一緒にいたいのか、それとも、ひとりでいる夜が単に怖いだけなのか。
  3. 子供がいるなら、子供がその新しい関係の中で、ちゃんと息ができそうか。子供の安心を、自分の寂しさより前に置けているか。

どれも簡単ではありません。

でも、離婚を経験して、それでももう一度人と向き合おうとしている人なら、時間をかけて答えを出せる問いです。

完璧に丸をつけられなくてもいい。

ただ、目を逸らさずに見つめられるかどうか、だ。

それができる人は、たぶんもう、次に進んでいい時期に入っている。

これは、誰かを責めるためではなく、もう一度、自分を置き去りにしないための問いです。

まとめ|まだ怖い。でも、靴下を拾いながら、次の暮らしが少しだけ見える

  • バツイチのメリットは「経験があるから余裕」ではなく、「今これを言ったら壊れる」と知っている判断力にある
  • 一度関係が壊れた経験は、弱った相手の隣で距離感を測る力になりやすい
  • 子連れの場合、相手の本性は子供の前で勝手に出てくる ── それは不利の真ん中に埋まった利得
  • ただし、まだ離婚が怖いなら、出会いの前に、前の結婚を自分の言葉にするところからでいい
  • バツイチ同士なら、共感できるところがあって意外と上手くいくことも多い

「バツイチなんです」と言ったときに、相手の目が泳ぐ瞬間は、もしかしたらこれからもある。

でも、その半音下がった「あ、あぁ」を、昔ほど怖いと思わなくなる日が、たぶん来る。

過去がなかったことになるからじゃない。過去はそのまま、自分の中に残っている。

靴下の夜も、桃色になりかけた風呂場の隅も、半音落ちた相手の声も、消えはしない。

ただ、その一つひとつが、「隠したい傷」から、「自分のものになった目盛り」へと、ゆっくり置き換わっていく。

正直に書くと、人の家のリビングで靴下が落ちているのを見るだけで、胸の奥が一瞬ざわつく人もいる。

あの夜に戻されそうになる感覚は、たぶん完全には消えない。

でも今は、その靴下を黙って拾いながら、次に誰かと暮らすイメージが、少しだけ持てるようになった人もいる。

それくらいの距離でいい。

「もう大丈夫です」と胸を張れるほどではないけれど、「まだ無理かもしれない」と俯くほどでもない。

今はまだ、そう思えないかもしれません。

でも、あなたにはもう武器がある。

  • 弱った誰かの隣で、声のトーンを半段だけ落とせること
  • 靴下一足で爆発しない目盛りを、自分の中に持っていること
  • 子供がいる人なら、子供の泣き声の前でしゃがめる人を見分けられること
  • 子供がいない人でも、相手が弱った人にどう向き合うかを見られるようになっていること

それは、失敗ではなく、生き直したからこそ、手のひらに残ったものだ。

同じようにバツイチの相手なら、お互いに共感できるところがあって意外と上手くいくことも多いんです。

ただし、初婚か再婚かだけで判断する必要はない。

大事なのは、その人が離婚をどう受け止め、次の関係で何を繰り返さないようにしているかだ。

半音落ちた声に、お互い気づかないふりをしなくていい関係 ── それは、たぶん、一度目の結婚にはなかった種類の安心だ。

「バツイチなんです」

次にそう口にするとき、相手の目が泳いでも、自分の心臓は、たぶんもう、耳の後ろで鳴らない。

鳴ったとしても、前ほど大きくは響かない。

まずは、前の結婚で自分が何に傷つき、次の関係では何を話し合いたいのかを、ひとつだけ言葉にしてみる。

それくらいの変化で、十分なんだと思う。

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